めも

触覚が欲しい

綺麗になることの魔力のこと

綺麗になりたい。そんな思いを抱くことは難しくない。特に、この、綺麗で純情で新品を好む国で。綺麗で「あり続ける」という世の中の摂理に反していることは殊更好まれる気がする。

手っ取り早く綺麗になれる手段がある。

整形。脱毛。お金を費やす。

少しでも自信が欲しくて、体にお金をかけ始めた。

周りと比べては落ち込むことばかりだったから。

今思えばその周りなんて、社会に刷り込まれた「周り」でしかなかったわけなんだけど。

やり始めると、そこに「周り」は存在しなくなっていく。どんどん、自分の目が気になり始める。あれも、これも、それも。自尊心の回復のために始めたのに。

自尊心は確かに満たされた。一瞬、自分が長年思い描いていた理想像に近づけた。それがクセになる。ずっと諦めていた理想像に近づけると分かってしまったから、際限なく近づこうとしてしまう。

終わらない。

この自分の醜さを気にしてしまった価値観はどこから生まれた?とたまに冷静になれた時に思う。

結局、悩んでる時間がもったいなくてお金を使うことになるけれど。

周りは私に何もしてくれないのに、どうして私は周りと自分を比べてしまったんだろう。そして、今、私は自分に駆られてお金を使い続けているけれど、そこまでして何になるんだろう。

ほんのちっぽけな額のお金だから、まだこうやって考えれるんだろうなと思う。

家を建てれるくらい自分に費やしたら、もう考えるのを止めてしまうだろう。

でも、どうして自分にお金を使っているだけなのに、こんなやりきれなさがあるんだろうか。

手っ取り早く手段に訴えたけれど、私がやらなきゃいけないことはもっと、自分と向き合うことだったような気がする。