めも

触覚が欲しい

崇拝すること

オタクって、大変だな、と思う。

つい先日、友人と一緒にとあるライブに行った。

私は予習も何もせずに行って、曲とか、サイリウムとかも全然分かってない状態。友人から聞いたので、それぞれの色だけ分かってる感じ。

なんかみんな頑張ってるな〜と思いながら振ってたら、斜め横の人が、泣いてた。

そこからはもう、ステージどころじゃなくて、何がこの人を泣かせているのかそればっかり考えていた。

分からん…分からん…って唸ってたらその隣の人も過呼吸みたいな勢いで泣き出して、いよいよ唸る羽目になった。

それで、きちんと考えたことを記す。

私もとある人のオタクだ。

生きてるだけで尊い…とか言っちゃうからまるで宗教だと思っている。崇めている。讃えている。讃頌。

それで、オタクって大変だなあと思った。

多分、これは生きてる人を追いかけてるオタクに多いと思うんだけど、そういう人たちってすごく自尊心が低いと思っている。

自分にかけるエネルギーを、その人にかけてしまう。

生きる目的が、自分から、その人にチェンジしてしまうのだ。息抜きから、生き甲斐へ変わってしまう。まるでその人が自分の人生そのもののように思ってしまう。

どう考えても、テレビとか、動画とか、雑誌とか、全部追いかけるなんて自分のことを大切にしてたら不可能に近い。なのに、それをやらずにはいられないのだ。それが生きることだから。

そして、そうやって生きていると、多分本人が一生懸命生きてるところを見るだけで泣けてくるのだと思う。だって自分の一部だから。普段生きれていないところだから。

そして、そういうオタクを獲得してしまう本人は、だいたいオタクに対して、自分についてきて欲しい旨をのたまう。そこからさらに悪循環が発生する。オタクはさらに自分を捧げる。心臓なんて怖くない。お金なんてないさ。彼らは共通して貯める時間をくれ、と言う。あなたに使うために。

「あなたたちがいるから私がいる」

おそらく本人たちは心から言っているこの言葉。多分本当は、

「あなたはもう、私がいないとダメ」の裏返しになってしまえるんだろうなあ、と思う。

自分自身になってしまってるから、おかしいと思うとキッパリと引き離せる。それが多分、冷めやすさなんだろう。まあ、新しい自分の宿主を見つけるだけだけど。

そのライブで、本人たちは、「無理のない範囲で応援してください」と言葉をかけていた。ファンを労ってのことだと思う。でも、それはとどのつまり、「自分の人生を生きてください」と言うことで。心酔して生きている人にとってはひどく恐ろしい言葉だろうな、と感じた。気づくかは分からないけど。

(もちろんただのファンにとっては優しい♡ で済むと思う)

オタクって怖い。