読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

めも

触覚が欲しい

異性をモノとして扱うこと

メリークリスマスの時期ですね。なんだか恋人が増えている気がする時期。色んなところでこれでもか!ってクリスマスソングが流れて、よく分からないくらいのゴテゴテのイルミネーションが至る所にあって、色んなところでデートが出来ちゃう季節。

「恋人が欲しい〜!」って台詞も腐るほど聞く時期。耳が腐る。黙って欲しい。お前が欲しいのは恋人か?恋人なのか?と問い詰めて泣かしたくなる時期。恋人ってなんですか?あなたにとっての欲しい恋人とは?「恋人」ですか?それは、枠?

恋人が欲しい、という人に聞いて回りたいのだけれど、それは、恋人枠が埋まればいいのでしょうか。街を歩いて、求めることをしてくれて、自分も気持ちよくもてなすことができる人間という「枠」を埋めたいという願望?それって恋人じゃなきゃいけないのでしょうか?なんだか人のことをバカにしているようにも感じてしまう。お前の意見が子供だよ、現実はそんなものじゃないんだよ、と言われればそれまでだけど、「恋人」が欲しいと思って作るのと、「この人」が欲しいと思って恋人になるのは雲と泥では。だって好きな人が作れないのに恋人が欲しいってなんかもう順序がすごい。餃子が作れないのに餃子のタレが欲しいっていう感じ。違うか。

同じ感じだと、人肌恋しいに準ずる表現も気になります。セックスする相手が欲しい、疲れた時抱きしめる相手が欲しい、ハグだけしたい、キスだけしたい、その辺の肉体欲求を満たしたいから恋人が欲しいという人たちに。それって、どうして人間じゃないとダメなのでしょう?というか、どうして恋人じゃないとダメなの? セックスはまあ、人間としか…って言われても少し納得しますけど、他は恋人とじゃなくてもいいでしょう。セックスだって、セックスしたくて恋人を作るのは違和感しかない。のになあ。さすがにセックスしたいから、まで露骨なのは聞かなくても「抱きしめてくれる人が欲しいから恋人欲しい〜」はすごく良く聞くのだけれど。それって言い換えれば自分を甘やかしてくれる都合のいい人が欲しい〜それって恋人〜!まで自分でわかっててのセリフなのかしら。そうだとしたらそんな人に恋人なんて出来て欲しくないなあと念じる。肉体的欲求をぶつけていい相手なんていない。お前は誰を求めているのだ。恋人じゃなくて、もっと遥かな女神を恋人に投影してるだけじゃないのか?と思ったり。言わないよ。そんなこと。

そうやって求めた異性、もしくは同性って人なのかしら。モノじゃないの?って思う。

私だって人のことモノ扱いしてるな〜 今この人湯たんぽでしかないな〜 今この人車でしかないな〜 今この人ゴミ箱でしかないな〜 って思うことはあるけど。でも少なくとも自分が人を求めてるのか、モノを求めててそれを便利だからって人にやらせてるのかは考えてるよ。考えてるからいいのかって言われたらそれまでだけど。でも、周りの人をモノ扱いしてる人ってすごく多いなあ、この人気づいてんのかな?ってのもよく感じるんだよね。気づいてます?どないでっか?

モノを求めてるんだ、って開き直られるとまあそれはそれで…私はどうぞ…しか言えないです。けど。でもまあモノを求めてることに気づかず相手を傷つけてしまうよりはマシかな?それよりタチが悪いかな?モノになる人は幸せか。

私は人になりたい。

来年の天皇誕生日が土曜で貴重な祝日が潰れることだけが悲しい。来年のイブは日曜、クリスマスは月曜です。鳥たちの命日。