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めも

触覚が欲しい

言葉を選ぶということ

珍しく文芸部らしい事を書いてみます。

最近よく思うことです。言葉を選ぶということ。

これにはたくさんあると思います。例えば今こうやってる時に私は何も考えていないようで、「紡ぐ」でなくわざわざ「選ぶ」を選択しています。それはなぜか。私はたくさんあると思うのだけれど、1つ目に言葉が自分にしっくりくるか。2つ目に言葉が相手に伝わるか。3つ目に場に適しているか。の三つが主なんじゃないかな、って思います。で、私は2つ目について考えることが多いです。1つ目とか、3つ目はまあ、自然とできてる人が多いと思うんです。2つ目が、なあ、と。

言葉は相手に伝えるためにある、と思う人と、そうでない人には伝える言葉のチョイスが違うんだなあと最近痛感します。伝えたくないからその言葉を使うの?と思うときもあります。言葉は原則として誤解されると思います。だから、そこで伝わらなくていいもん!ってなるのか、伝わる言葉を探すのか。そこが違いに繋がるんですかねえ。

卑近な例だと、専門用語、とかね。数学とか、科学もそうですね。人文系でもいいです。学問用語は適した場所があると思います。どうしてそういった専門用語は生まれたんでしょう? どうして言葉は優しくて柔らかいものから、固くて厳ついものまであるんでしょう?それを私たちはどうやって選択しているんでしょう?類語辞典、とかありますね。文にしたためるとき、人はそれをよく気にします。でも、声に出すとすごくその人の癖が出てしまうなあ、そう思います。

言葉は人に伝えるためのものというより、もしかしたら自分がこういう人間だ、というものの方を如実に表しているのかもしれませんね。言葉ってすごい。