読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

めも

触覚が欲しい

普通ということ

普通って、なんですか。

普通になりたいと最近よく聞くけど。普通ってなに?

ふと思い出す、「あなたは適応していますか?」と聞くと「適応しています。なぜなら周りから浮いてないからだ。」と答える人が半数を超えた、異常だ。って教授が嘆いてたこと。周りが普通の基準になってしまっていて、自分の中の感覚は二の次なんだ。みんな周りにおどおどしてる。って。普通だとか障害だとかって時代によって移り変わるものじゃないですか。単純な例だと、昔は同性愛者は脳の異常で治すもの、だったじゃないですか。女の子はお琴を習ってるとモテたじゃないですか。でもそれって昔のことじゃないですか。だから、あくまでも普通なんて朧げなものなのに、その普通にすごい呪われてるんですよね。

その普通に気づくことは大事だと思う。普通からズレて行くと周りに変な目で見られてしまうから。でも、普通に合わせる必要はあるの? あるのかなあ。生きているのは今の時代だから。今の時代に最適なニンゲンになった方が、まあ、多数派ですよね。それを生きやすいとするか、生きにくいとするか。

私は、自分のずれを飲み込む方が生きにくいと思うんです。ある程度諦めて受け入れるしか結局は方法ってなくなるんじゃないのかなあ、って思ったりはするんですけど。でもずれを飲み込んでたべちゃうひとが周りには多いんですけど。みんな潰れないでね、いつか本当の自分に気づいて絶望して潰れないでね。って思うんです。

好きな人の幸せを祈っています。普通になりたいならなればいいし、諦めるなら諦めたらいい。どちらにせよ、幸せに生きることはできるし、死なないとおもいます。幸せのカタチは違うでしょうけど。幸せになってください。

広告を非表示にする