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めも

触覚が欲しい

相互理解ということ

昨夜Twitterをざわざわさせたこと。小説を書くということ。それはどうでもよい。またいつか書く。

相互理解をするということ。

私は相互理解ができないことくらい知っています。人と人には見えない壁があって、それは壁というより膜に近くて、人はその膜があるから上手く接することができる、そう思っています。その膜は伸縮自在だから、人によって変わる。そうも思っています。でも、その膜があるから、って相互理解を諦めたくないんだよなあ。というか、膜があるからこそ、意識できる限り、努力できる限り膜を取り払っていきたい、そう思う。

だって、好きな人と分かり合えないなんて嫌なんだもん。分からないことなんて沢山ある。そりゃ所詮他人ですから。でも、それでも少しでも分かり合いたい。伝えあいたい。例えそれが積み重ねによるパターン把握を分かり合えたと愚かに言っているとしても。だとしても、いいのだ。パターン把握でいいじゃないか。だから私はできる限り膜を取り払っている。つもり。私のことはすべて知ってほしいと思ったり、思わなかったり。ううん、すべては、嘘。嘘をつくところはつくよ、そりゃ。傷つけたくはないからね。ただ、あくまでもパターン把握しやすいように自分を開いていきたい。思ってること、全部聞いて。見てること、全部聞いて。伝えるから。ちょっとずつでも伝えるから。あなたの膜の分厚さを見計らいながら。闇雲な自己開示ほどダメなものはない。それを肝に置いてやるから。できる限り。

私を分かる努力をしてくれれば、すぐに分かるくらいには単純に教えてあげる。そうやって仲良くなりたいんだ。私は、そうありたいと思ってしまうから。お互いに少しでも近づきたいんだ。心の距離を。

いつも見てるよ。いつも考えてるよ。好きな人たちのことをいつも。それと同じくらい、自分のことを。自分のことを自分が一番知ってる状態じゃないと、相互理解しろっていうのは酷だと思ってるから。