めも

触覚が欲しい

綺麗になることの魔力のこと

綺麗になりたい。そんな思いを抱くことは難しくない。特に、この、綺麗で純情で新品を好む国で。綺麗で「あり続ける」という世の中の摂理に反していることは殊更好まれる気がする。

手っ取り早く綺麗になれる手段がある。

整形。脱毛。お金を費やす。

少しでも自信が欲しくて、体にお金をかけ始めた。

周りと比べては落ち込むことばかりだったから。

今思えばその周りなんて、社会に刷り込まれた「周り」でしかなかったわけなんだけど。

やり始めると、そこに「周り」は存在しなくなっていく。どんどん、自分の目が気になり始める。あれも、これも、それも。自尊心の回復のために始めたのに。

自尊心は確かに満たされた。一瞬、自分が長年思い描いていた理想像に近づけた。それがクセになる。ずっと諦めていた理想像に近づけると分かってしまったから、際限なく近づこうとしてしまう。

終わらない。

この自分の醜さを気にしてしまった価値観はどこから生まれた?とたまに冷静になれた時に思う。

結局、悩んでる時間がもったいなくてお金を使うことになるけれど。

周りは私に何もしてくれないのに、どうして私は周りと自分を比べてしまったんだろう。そして、今、私は自分に駆られてお金を使い続けているけれど、そこまでして何になるんだろう。

ほんのちっぽけな額のお金だから、まだこうやって考えれるんだろうなと思う。

家を建てれるくらい自分に費やしたら、もう考えるのを止めてしまうだろう。

でも、どうして自分にお金を使っているだけなのに、こんなやりきれなさがあるんだろうか。

手っ取り早く手段に訴えたけれど、私がやらなきゃいけないことはもっと、自分と向き合うことだったような気がする。

青春が終わること

青春にアフターは許されるのか。

モラトリアム真っ只中、いつまでも自分のことを子供、大人でない存在と扱う人がうじゃうじゃいる世界。

いつまでも自分は許される側で、愛される側で、怒られる側で、規範に縛られる側で、立ち位置が変わるのを望み、待ち続けるみなさん。

いつまでも青春でいられるわけなんてないのに、過ぎ去りし日々をいつまでも思い出してる。

大人になる儀式を失った世界でオトナになれないのは仕方がないのかもしれない。

チャットモンチーが解散した世界に到達すれば、青春は終わるのかもしれないとふと思った。

ぷかぷか、その世界へ。

さみしいこと

ふと、生きてるだけで寂しくなることがある。

誰かに甘えたいとか、誰かにそばにいて欲しいとか、そんな気持ちでいっぱいになることが。

そんな時恋人や親友がいれば便利だなと思う。

でも、しばらくして、それはただの埋め合わせでしかないと気づく。

自分の寂しさを解決できるのは自分しかいない。

だいたい、恋人と会ってたり、親友と会ってるよりも1人で布団かぶって寝てる方がよっぽど実は元気になってたりする。

寂しいとき、だいたい睡眠は足りてない。

だから、寝たほうがだいたい良い。

でも寂しいのだ。

寂しくて寂しくて、心がぽっかり空いててどうしようもない気持ちになる。空虚感。

心が空っぽの時、どうしようもない。

人は寂しい生きものだと思いたい自分がいる。

このえげつないほどの寂しさ、もし他の人が抱いたことがないのならわたしは他の人と分かり合える気がしない。

寂しさを舐め合うことに意味がなくても、寂しさを分かりあうことにはわたしは意味があると思う。

寂しさを埋めてくれなんて言わないから、どうか寂しさをわかってほしい。誰にも埋められない寂しさに押し潰されないように。

だいたい寂しくなるのは、月のない夜だ。

裏切らないでほしいと願うこと

人は裏切られるのを恐れる。

その最たる例が、好きでいてほしいと望むことなのではないだろうか。

好きでなくなれば、好きな人だから、信じて打ち明けた自分を否定されることに繋がるのかもしれない。

裏切っただの、嘘をついただの。

本当にどこまで信じていたのか?と思う。

本当に裏切られたのを憎むほど、信じていたのか?

憎むことは自由だ。ただ、本当に裏切られたのだろうか。

分からない。

騙されることも。信じることも。

信じるって難しいし、でもいつまで信じても突然裏切られることもあるし。そもそも信じるってなんだろう?って。

相手を自分の理想に押し付けること、型抜きのように使うことを信じると言っているうちは、多分永遠に裏切られると思う。

人は生き物だもん。型には収まらない。

自分の予想なんて遥かに超えて色々、する。

理解を超えた時にわかりあう努力をお互いする覚悟があることを信じてるって言うのかなって思ったりする。

裏切らないでほしい。

信じさせてほしい。

一人にしないでほしい。

ずっと好きでほしい。

不安でいっぱいの胸中。

どうやったら満たされるんだろうね。

新年のこと

謹賀新年。

昔、お正月は好きでした。

口実がないと送れないあの人に、送れたから。

今ラインになって中高生はどうしてるんだろう?

一斉送信なんかできないから、個別に送ってるの?わざとらしくない?こわいね。

新年を迎えるといつも、大したことないなって思う。

ワクワクしたテレビと、ちっぽけな自分。

全然ワクワクなんてしない。ただ、不思議な感覚に襲われる。

今年も始まって行く。

今年は試験二つ、合格したいと思います。

頑張ります。

時が止まること

いろんな人と話してて、なんでこの人はこんなに幼いんだろう?と思うことがある。

もちろん、社会ではちゃんとしてて、リーダーとかを任されたりだとか、バリバリ仕事ができる人であるにも関わらず、だ。

人は、人生において、とっても後悔してたり、いつまでも忘れられない場面で時が止まってしまうんじゃないかと思うことがある。

その時から、その人は死んだまま生きてるんじゃないかって。すでに寿命を迎えてるんだから、一度生まれ変わらないと死んだままだ。

生き返るには、いつ死んだか、なんで死んだかって考えなきゃいけない。それが本当に難しいと思う。死んだ自覚なんてないから。なんて、ふと考える。

わたしはいつ死んだんだろう。

自分の中にあるちぐはぐな幼さはどこに取り残されているんだろう。

考えても分からないけど、いつか生き返りたいと思う。今を生きるわたしと、死んで蘇ったわたしが、重なるときが来ますように。

@

過去は変えられない。

でも未来・今は変えられる。

だから私は未来永劫続くものに、酷く眩暈がする。

そこにあるのは圧倒的な永遠。

私ではさわれない場所。絶対に届かない場所。

そこを開けてくれ。私のために。